インタビュー

なりゆきと勘違いで転身したフリーランス

投稿日:2014年6月30日 / by 瓦版編集部

ファイルNo.4 藤田 【デザイナー】

フリーランスのイメージがかつてとは変わりつつある。大きな要因のひとつに、ネットの浸透で仕事を探す環境が劇的に変化したことがある。クラウドソーシング(CS)は、いまやフリーランサーの案件探しのインフラだ。この連載ではそれでもなお、ひと超えが簡単でない正社員の壁をまたぎ、フリーの世界へと足を踏み入れたフリーランサーの方々に素朴な疑問をぶつけ、ヒントと元気、そして勇気をいただく。


fujita1――なぜ会社員からフリーになられたのですか?

藤田 なりゆきでしたね。それと、企業に所属していれば、いずれは人の指導や育成という役割を求められるようになるわけですが、その適性が自分には無いと思いました。さらに制作の指示を出すよりも自分自身で制作がしたいと考えました。そこから自分に合った働き方を模索してみると、フリーランスでの制作という道が見えてきたように思います。

――確かに「なりゆき」ですが、安定を捨てるのに勇気はいりませんでしたか。

藤田 会社員としては、1992年にプロダクトデザイン制作会社にグラフィックデザイナーとして入社し、3年間勤めました。その間、徐々にお客様から指名されることが多くなり、「一人でやれるんじゃ?」と勘違いしました。

――なりゆきと勘違いなら、勇気を振り絞る必要もなかったかもしれませんね(笑)。

藤田 当時はまだ景気がそれほど悪くなっていない時代だったから、という要因もあると思います。なんとかなるという空気がありましたからね。

2度のフリーランス転身の理由とは

――ただ、2003年に再度会社員に戻り、2008年にまたフリーランスへ転身しています。その時はどういった理由だったのでしょうか。

lancers-f2藤田 広告代理店の上海支社でお仕事をさせて頂く事になったため、一度会社員に戻りました。上海支社では、やるべき事は終えたと思ったので再びフリーランスに戻りました。上海には日本人向けの飲食店やアパレル企業等も多く、個人でもDM等を受注する事ができましたので、そういうお仕事をさせて頂いているうちに、いつの間にか元通りのフリーランスになっていた感じです。理由としては、やはりフリーランスの方が性に合っていたという事だと思います。

――では最後に今企業に勤めていらっしゃる方で、フリー転身も考えている会社員の方へなにかアドバイスをお願いします。

藤田 焦らず、目の前にある仕事に全力であたる事が大切と思います。フリーランスとして活動するようになったとしても、元勤め先での評価が大いに影響するからです。いつか辞めてフリーランスになることを視野に入れているのであれば、なおさら会社員としての評価を上げておく必要があると思います。また、社内のように人目のあるところで頑張っていれば、社内だけでなく取引先等でも評価してくれる人がいるものです。そういうつながりがあれば、フリーランスへの移行もスムースになります。フリーランスを続けていくと、嫌でも全力を出さないと回らなくなる時が必ずあります。その時のための予行演習にもなりますしね。だから、企業にいるうちは実績を積めるだけ積んだ方が良いと思います。

もっと詳細はこちら               (取材協力=クラウドソーシング「ランサーズ」


【略歴】
1992年 プロダクトデザイン制作会社にグラフィックデザイナーとして入社
1995年 退社 フリーランスとして主に印刷物のグラフィックデザインとイラストレーション制作
2003年 広告代理店入社 中国上海市へ移住し、AD兼デザイナーとして上海営業所立ち上げに参画
2008年 帰国 再度フリーランスとして活動中


〈瓦版’インプレッション〉
「なりゆき」とはいえ、会社員→フリーランスを2度経験している人は珍しい部類といえる。決して会社勤めというスタイルにマッチしないというワケでなく、むしろフリーランスの方がしっくりくるということなのだろう。今後、労働市場でも多様性が許容される方向だが、そうした中で、藤田さんのようなパターンでフリー転身を果たす会社員も増えていくハズである。ただし、フリーランスはより実力がシビアに問われる世界。藤田さん自身が実践し、アドバイスするように会社勤めを経てフリーランスへの転身を視野に入れているなら、まず会社員としてもしっかりと結果を残すことが重要になる。特に制作系では多くの人が潜在的に考えているだろうが、「勘違い」で転身果たし、次々と仕事が舞い込む時代ではもはやない。そのことは肝に銘じておいた方がいいだろう。

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