働き方

新しい働き方の基準は田舎に設定するのがいい理由

投稿日:2014年9月29日 / by

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働き方の実験工房

徳島県神山町

「Sansan神山ラボ」

企業の新しい働き方へのシフトが着々と進む。背景には、実践ツールやシステムがひと通り揃い、導入へのハードルが下がっている側面がある。もっとも、単にハードや仕組みだけを導入すればうまくいくほど単純なものでもない。Sansan(株)が、2010年に徳島県神山町に開設したサテライトオフィス「神山ラボ」。ビジネスとは無縁の過疎化したエリアで繰り広げられる新しい働き方の“実験”の数々は、ワークスタイル変革がもたらす可能性と、その本質を鮮やかにあぶり出している。

なぜ僻地にオフィスを構えたのか

静かな環境、落ち着ける空間が仕事を加速させる

静かな環境、落ち着ける空間が仕事を加速させる

「神山ラボ」は、〈サテライトオフィス〉というものの、古民家を活用しており、見た目は住居。徳島市内から車で1時間かからない場所だが、人口1万に満たない過疎化エリアにたたずむその建物に「新しさ」はまるで感じない。保養所ならまだしも、そもそもIT企業が戦略的にオフィスを構えるような場所にはとうてい思えない。あえて、メリットを探し出すとすれば、同エリアのネット環境が抜群すぐれていることくらいだ。

だが、オフィス以前に「ラボ」である。実験は、発見・発明のファーストステップ。時間と場所にとらわれないことを「新しい働き方」と定義すれば、途端に同所が“実験工房”として、大きな意味を持つ。なぜなら、アクティブな人口がほとんどいない自然に囲まれた地域で、都心と同じように業務を遂行できれば、それは「新しい働き方」に対する最高のエビデンスとなるからだ。

「もともとは、生産性の向上を目的に、より静かで集中できる環境を提供することで社員のクリエイティビティを高めることが狙いでした。地域活性ということを考えていたわけでもありません。あくまでも実験工房であり、うまくいかなければ撤退するというドライなスタンスではありました」と同社CWOの角川素久氏は、開設当初を振り返る。

予想以上に得られた成果

〈常識にとらわれることなく常にチャレンジを続ける〉が同社のポリシー。神山ラボ開設は、それに則った、ある意味ではいつでも撤退を視野に入れた、軽いチャレンジのようなものだった。ところが、自然に囲まれた神山町のパワーなのか、そもそもネット網が十分に張り巡らされた日本では、「働くのはオフィス。稼ぐには東京」という概念自体が、知らぬ間に形骸化してしまっていたのか…。いずれにせよ、過疎地の実験工房が生み出した成果は、想像以上にすぐれたものだった。

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東京とのMTGも支障ゼロ

業務について言えば、とりわけエンジニアが、クリエイティビティの高まりから生産性の向上を実現した。遠隔では難しいと思われていた営業もPC経由のテレビ会議システムの導入などでクリア。それだけでなく、成約率までもアップさせた。東京オフィスとのミーティングもSkypeやSNSなどを活用し、東京と同じような環境を実現し、問題なく行われた。

ICT効果以外にもたらされた効果

ICTを活用した成果にとどまらず、組織の団結力アップや社員のストレス解消といったアナログ的側面でも効果があった。毎年行われる新人研修では、同所で参加者が寝食を共にすることで、より深いコミュニケーションが行われ、絆が一気に強まった。ストレスについては、自然に囲まれた中で自分のペースで仕事ができるため、そもそも溜まりようがない。こうした部分は、単にシステムを導入するだけで「新しい働き方」を実現する場合には得られない、見えづらいが非常に価値ある成果といえるだろう。

「予想以上に大きな成果が出ている神山ラボですが、だからといってもちろんここが誰にとってもいい場所とは思っていません。人によってはやはり、東京がいいという人もいるでしょう。そうしたこともまた、より良い働き方を見つける上での手助けになると思っています」と角川CWOは、上々の成果にもいたってクールだ。

あくまで“実験工房”。その立ち位置をわきまえているからこそ、すぐれた成果は、東京オフィスにもしっかりとフィードバックされる。東京オフィスに希少植物やハンモックを設置した執務スペースとは別空間を設けたのはその一環。神山ラボで証明された「転地効果」を東京に“移植”した形だ。「イエーイ」と名付けられた在宅勤務制度は、遠隔地でも職種に関わらず仕事ができることが分かったことがきっかけで誕生した。そして、なによりも大きな成果は、「CWO」という働き方に特化した役職が誕生したことかもしれない。

神山がラボがもたらし本当の成果

移住者まで誕生した神山ラボの転地効果は東京にも移植

移住者まで誕生した神山ラボの転地効果は東京にも移植

さらに2013年11月には、とうとう神山への移住者まで誕生した。神山ラボのある徳島出身の社員だが、移ることでより良いコンディションで働けるという本人の申し出を社長が快諾し、実現した。これも立派な成果の一つといえるだろう。

時代の潮流に合わせ、「新しい働き方」を導入するのは悪いことではない。だが、同社のようにあえて過疎地に居を構え、あれこれ試行錯誤しながら、解を探るやり方は遠回りのようで極めて健全といえる。時代の流れだけを見て、社風や社員の想いを無視しての「新しい働き方」へのシフトでは、うまくいくものもいかなくなるからだ。

仕事において、成果が求められるのは当然だ。だが、プロセスを軽視して結果だけを求められることには、本能的に拒絶反応が起こる。もしも同社が過程を飛ばし、いきなり働き方を新しいスタイルにシフトしていたらどんな反応が起こっていたのだろうか。少なくとも移住者は生まれていないし、CWOも設立されなかっただろう。社員の団結力も強化されていなかったに違いない。神山ラボという働き方の実験工房。数々の発見を生みだした同所だが、なによりの成果は、社員とともに変革のプロセスを肌で感じ合いながら共有したこと、といえるのかもしれない…。


神山ラボトピックス

すぐそばにこんな場所があり、ストレスなど溜まり用もない

すぐそばにこんな場所があり、ストレスなど溜まり用もない

シェアNo.1のクラウド名刺管理・共有サービス『Sansan』と、50万人以上のユーザが利用する名刺管理アプリ『Eight』を開発し「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」ことをミッションに掲げるSansan(株)のサテライトオフィスとして誕生した「神山ラボ」。当初は循環型で社員が自主的な希望で回っていたが、現在は2人の常駐社員が誕生し、並行運用されている。常駐社員は自宅から通勤する。家賃は月数万円程度とのこと。基本、東京と同じように働くルールなので、勤務時間は、東京と同じ。ワークスペースは、業務時間中は東京本社とSkypeで常時接続されている。昨今は、田舎で働きたい若者が増加傾向にあり、視察要望が増加している。

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