我が社が在宅よりオフィス勤務を選択した理由
遠隔業務に軸足を置いてみえてきた問題点とは
Kii(株)
鈴木尚志社長
オフィスか在宅か--。テクノロジーの進化により、働く場所の選択肢は大きく拡がっている。時間と場所に捉われない働き方を、“次世代型”とみる向きもある。世界中に拠点をもち、グローバルに展開するテクノロジー企業のKii(株)。同社が選択したのは、原則オフィスというワークスタイルだ。遠隔業務主体のプロセスを経た上で、なぜ、同社はあえて「オフィス」を重視する決断をしたのか。同社鈴木尚志社長を直撃した。
遠隔業務にフィットするグローバル企業がなぜ
モノのインターネット(IoT)やモバイルアプリケーションに最適化されたバックエンドプラットフォームを提供する同社は、まさに時代の最先端を行くテクノロジー企業だ。拠点の東京オフィスには、ドイツ、インドネシア、オーストラリアなど六か国のエンジニアが在籍するだけでなく、米国、スペイン、上海にオフィスも構える。
先端の働き方であるリモートワークが抜群にフィットする典型企業のようだが、意外にも東京はもちろん、各国の拠点とも、原則はオフィス勤務だ。決して、トップの頭が旧来型で固いというわけではない。むしろ、グローバルな視点を備え、極めて柔軟だ。遠隔業務に軸足を置いた働き方にもトライしている。それがなぜ、いまではオフィス勤務にこだわるのか。
「実は当初は、リモートワークも自由に選択できるスタイルでした。ところが、各自が離れて仕事をしていると物理的な部分だけでなく、組織としてもどうしてもバラバラになってしまう。自分の作業が終われば終了。業務としてはそれでよくても、本当にいいプロダクツをつくるには十分でない。特に我々は、品質面において、開発の早い段階で適宜、検証を繰り返すことで精度を高めていくプロセスを重視している。そのためには、チームが常にそばにいる環境でないと機能しないんです」と鈴木社長は説明する。
当たり前だが、プロダクツは、各パーツを組み合わせれば形はできあがる。だが、単なるパーツの組み合わせでは、個々のクオリティが高くともモノとしての魂が宿らない。パーツ間に隙間ができてしまうイメージかもしれない。その隙間を埋める、魂を育むのが、チームが同じ空間を共有する空気感というわけだ。テレビ電話やチャットを使えば、常時接続で疑似的にそうした状況をつくることももちろん可能だが、あくまで疑似。現実にメンバーがそこにいないマイナスは、想像以上に大きいものがある。
リモートワークの問題点とは
「個々が別々の作業ではどうしても他者の声が入りづらい。一方、みなが同じ空間にいれば、例えば業務に対して気軽に何か意見を言えるし、ちょっと息抜きに雑談したりもする。実は、こうしたことが非常に大事。もっと極端にいえば、本業以外のコミュニケーションから革新的なアイディアのタネが生まれるといってもいいかもしれません。だから、これまで遠隔業務も含め、いろいろと試行錯誤はしてきましたが、そうしたことが実践できる働き方としてオフィス勤務がベターと判断しました」と鈴木社長は、原則オフィス勤務とした真意を明かす。
世界最先端のテクノロジー企業・グーグルがオフィス勤務にこだわることは有名だ。その理由は、メンバーが常に顔を合わせてこそ、イノベーションが生まれるという信念に基づく。全社員リモートワークから、一転、在宅勤務を撤廃した米ヤフーも同様だ。クリエイティビティは、社員への自由裁量によって、ある程度高まるかもしれないが、さらにその上のイノベーションとなると、人の力の総和が必要になるということなのかもしれない。試行錯誤を経て、同社が原則オフィス勤務に至ったのは、決して追随でも偶然でもない。イノベーションを目指す企業にとっては必然、といえる選択とみるのが妥当なのかもしれない。
あくまで重視はリアルのコミュニケーション
多国籍な人材が集う同社での主要言語は、英語。だが、東京の場合、日本語が分かる者同志なら日本語でもOK。文書のやりとりは英語が基本となる。無理に英語を公用語としないのは、コミュニケーションを重要視するからに他ならない。昨今は、日本でもグローバル企業を中心に英語を公用語とするケースが増えているが、英語が不得手という理由で会話が控えられるケースも少なくないという。それではまさに本末転倒。同社にとって、意見を言い合うことこそが品質を磨き上げる、というポリシーは譲れない。そこをブラさないからこそ、同社では社内コミュニケーションが活きたものとなり、結果的にオフィス勤務が戦略として機能する。
もっとも、同社の拡大プロセスを振り返れば、現在のオフィス勤務主体への転換は大いなるチャレンジだったといえる。というのも、グローバル展開にあたって買収した企業は、オフィスを構えず、各地にエンジニアが点在する完全リモートスタイル。同社もテレワークを取り入れてはいていたものの、国も違うだけに予測不能の化学反応が懸念された。実際、中国エリアでは、オフィス勤務重視の方針に反発し、離脱者が出る事例もあったという。それでも、スペインなどは、もともとオフィスレスだったのが、自発的にオフィス勤務へシフトするなど、いまではむしろ、オフィス勤務の効用が際立っているのだから、方向性は正しかったということだろう。
業務スペースとして仕事のしやすさを徹底
革新を生み出すことを視野に、選択したオフィス勤務。それだけに、オフィスは個々の能力が開放できることが強く意識されている。分かりやすいところでは、エンジニアは電話には一切出る必要がないということがある。電話以外でも、雑務をする必要がない。それどころか、オフィスに出社すると何かと発生しがちな、“余計な仕事”は基本、エンジニアには降りかからない。一方で、コミュニケーションしやすいよう、設計が工夫された共有スペースが豊富に設置されるなど、開発にプラスになる設備は充実している。
そうした中で、最大級の配慮といえるのが、受託生産は行わず、自社開発のみにこだわるという方針だろう。開発に集中したいエンジニアにとって、クライアントに振り回されないことは、これ以上ない環境といえる。同社では、オフィスこそが、開発力を担う心臓部。その最大化に全力を注ぐことが、企業として前進につながるというスタンスが、徹底されている。その意味では、いわゆるオフィス勤務より先鋭的であり、ある種、一線を画しているともいえるかもしれない。
「オフィスとは何か」に対する一つの解
もちろん、同社でも、遠隔業務は可能だ。だが、それはあくまで家庭の事情などで本当に必要な場合のオプションに過ぎない。開発をより促進するオフィス勤務が難しいための代替策。それが、同社におけるリモートワークの位置づけだ。オフィスが業務エリアとして限りなく快適だから、自ずとテレワークの位置付けが下がったといえるのかもしれない。この辺りは、過去に遠隔業務に軸足を置くプロセスを経たからこその展開といえるだろう。
在宅勤務は、とりわけ、働く側にとっては自分の裁量を最大化できるメリットがあるワークスタイルだ。個人の最大化は組織力の向上にもつながる。だが、ほとんどの仕事は、チームで行い、その集大成としてプロダクツができあがる。工芸品ならともかく、情報の流通スピードが加速している時代には、ほんの少しの遅れが大きな誤差を生むことにもなりかねない。最先端のテクノロジーを追求する同社が、あえてオフィス勤務にこだわる事例は、働き方が過渡期にある中で、会社の基盤である「オフィスとは何か」というテーマに対する、一つの解を提示しているといえそうだ。