インタビュー

私が、Uターンから、独立、そして、複業で働くようになったワケ

投稿日:2017年2月8日 / by

デザイナー、雑貨店店長という復数の顔をもつ多業フリーランス

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山形の職人や企業とのコラボレーションによるオリジナルバッグや雑貨、ヴィンテージ家具を販売するデザインショップ「anori(アノリ)」。立ち上げたのは、山形県出身のプロダクトデザイナー ・高橋天央さん。建築学科を卒業後、大阪のデザイン事務所に勤務。山形の家具工場に勤めた後、独立した。端材を利用した、世界にふたつとないオリジナル柄のバッグ。高橋さんがひとつひとつオリジナルのデザインを施す。山形の縫製職人が形にし、Webだけでなく実店舗でも展示・販売。デザイナーであり、店長でもある高橋さん。実はさらにもうひとつの顔がある。地元企業を中心に、プロダクトやパッケージ、Webデザインまでも手がけるフリーランスとして活躍しているのだ。自由に、パラレルに働くことになったきっかけやそのメリットについて伺った。(powered by THE LANCER編集部)

会社員がフリーランスに鞍替えするきっかけとは

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―プロダクトブランド「anori」を立ち上げたのが2013年。以来、いわゆるフリーランスとして働いているわけですよね。まず独立する経緯について教えてください。

高橋 学生時代に建築を学んでいました。デザイン系を学べたらいいなと思っていたので、『空間デザインコース』を選択しました。実際はバリバリの建築学科で「うわ~……」となったのですが、なんとか卒業しました。もともと家具のデザインをやりたかったので、いつかプロダクトデザインをと思って。大学での授業に、空間の中にどんな家具を置くとか、何かしら共通点を期待しましたが、やっぱりなかった(笑)。

卒業が近づくと、みんな就職活動をするじゃないですか。僕は建築系の会社に勤める気がなかったので、とりあえず家具について学びたいと思い北欧に行きました。デンマークに1年ほど。専門学校のプロダクトデザインコースに入って、実際は遊んでばかりでしたけど、興味のあった分野を学べたのは良かったです。

帰国後、芸術系の大学院に行こうと考えていましたが、当時お付き合いをしていた彼女のお父さんから「そろそろ働け、おまえ!」みたいなプレッシャーを受けて。プロダクトデザインの募集は少なかったのですが、たまたま見つけた大阪の会社に採用していただけました。

独立するつもりはなかった。やりたいことに挑戦したかっただけ。

―就職した会社で家具のデザインに携わることはできたのですか?

高橋 家具もやると聞いて入りましたが、実際は家電、スポーツ用品、アウトドア用品でした。いろいろなプロダクトを見ることができので、結果としては良かったです。

―初めて自分が設計したもの、デザインしたものは覚えています?

高橋 ヘアドライヤーですね、世に出たのが。4年ほど勤めたので、本当にたくさんのプロダクトをデザインさせてもらいました。

―そして地元の山形にUターンしたわけですが……

高橋 きっかけは、子どもが出来たことです。自然の中で子育てしたいという考えが漠然とあって、妻も山形県の出身だったので、一緒にUターンしました。

仕事を探さなくてはいけなかったのですが、人材紹介会社から「山形に家具の会社あるけど、どう?」と勧められて。面接に行ってみると、完全に下請けの製造会社でした。デザインをやりたかったのですが、「これから新しいこともやっていく」と言われて、甘い言葉に乗ってしまったところはあります。

―甘い言葉、ということは実際……

高橋 CADを使って図面におこすという仕事でした。家具のプロダクトデザインをやりたかったけど、家具じゃないプロダクトデザイナーになって、次は家具だけどデザインはできなくて(苦笑)。

―一歩ずつ近づいたような、遠ざかったような(笑)。その後、独立したわけですね。

高橋 独立する前に、当時の会社で自社ブランドを立ち上げようという話がありました。社長に何度もプレゼンして口説き落として。フランスの展示会にも行かせていただき、いよいよこれから!というタイミングで困ったことになりました。

社長の上の創業者からストップがかかって。自社ブランドというのがしっくりこなかったようです。「どうしてもやりたいなら外でやりなさい」と言われてしまい、「これは独立してやるしかない」って。

自社ブランドとして、バッグとか雑貨類をつくる予定だったのです。仕入先なども見つかっていたので、迷惑をかけたくないという気持ちも、独立を後押ししてくれました。

復数の仕事に携わるということは、本業も複業もない。

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―独立して「anori」というブランドを立ち上げたわけですが、どのようなコンセプト、プロダクトなのでしょうか。

高橋 前職で立ち上げようとしたブランドのコンセプトが、『廃材を使ってできるもの』でした。たくさんの布が余っていたので、端材を有効活用したいと思ったのです。

毎日、大量に捨てられている現場を見ていると、すごくもったいないと感じていて。ゴミを収益につなげるっていうことが出来るので、会社としても収益的に良いだろうし、自分自身のやりたいことをできると思っていたんです。結果として、独立して実現することになりましたが。

―自社ブランド製品を販売する「anori」での仕事と並行して、地元の企業からも仕事を請けているそうですね。

高橋 山形の企業って、下請けで製造だけをやっているケースが多い。そういう会社って、すごい価格を下げざるを得なくて、中国なんかと比較されてしまうので、苦しい経営をしているのは分かっていました。

生まれ育った土地、山形にある会社をどうにかしたい、という気持ちが以前からありました。私のできること、かつ、やりたいことでもあるデザインで協力していければと。

独立したので、どんな会社や相手とも自由に協業できる状態になりました。これはちょっとチャンスだなと思って。

―まだ始めたばかりの活動ということですが、具体的に動いているものはあるのでしょうか?

高橋 最初に一緒にやろうと声をかけてくれたのが、抜き型を作る会社でした。そこはパッケージもつくっているのですが、展開するとすごく複雑な形になっていて。特別な技術力があったので、それを用いて新しいものを作らないかみたいな感じで。

あとは、車のリサイクルセンターってあるんですけど。廃車からシートベルトとかエアバックなどの廃材が出てくる。それを使って商品開発したいという会社とは、丈夫な素材を用いたバッグをつくったり。

他にも屋根瓦の会社から声をかけていただきました。葺き替えをすると古い瓦を処分するのですが、それを砕いて素材として新しい製品を生み出すとか。

複業ライフのバランスのとり方

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―雑貨屋とのバランスはどうやって調整しているのでしょうか?

高橋 雑貨屋は……そんなにお客さんがくるわけじゃないです。平日だと2、3組のお客さんだけという日もあります。空き時間がめちゃくちゃあるので、時間は比較的自由になる。雑貨の売上はほとんどがWebになりますので。

お客さんがいらっしゃれば店長として接客しますが、それ以外は店の片隅で新しいバッグや他の企業さんのデザインをしています。

―会社員時代ではできなかった、新しい働き方ですよね。突っ込んだことを伺いますが、会社員時代と比べて収入はどうですか?

高橋 正直、1年目はだいたい半分くらいになって……やばいなって。2年目で少し波に乗って、今年3年目ですけど、なんとか見込みは立つかなという状況です。

やはり企業から依頼されるデザイン、店舗の片隅で日々やっている仕事が大きいですね。比率でいくとバッグを抜いていますし。原価がかからない分、利益率が高いというのもあります。

―生活を支えているのは、企業から請けるデザインの仕事ということですが、本業はどっち? と聞かれたら。

高橋 どちらとも言えないですよね。自分の中では、本当に2トップみたいな感じで。バッグがなければデザインの仕事もなかったでしょうし。仮に儲けがなくても、やめられないですね。苦労して育てた愛着がありますので。

同じデザインが存在しない一期一会の商品なので、気に入ってくれるお客さんはやっぱり喜んでくださいますしね。デザインの仕事に携わっていて、一番うれしい瞬間ですよ。

▽フリーランスの情報発信メディア「THE LANCER」より転載

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