インタビュー

プロスポーツ選手 兼 フリー映像クリエイターというパラレルな働き方が実現したワケ

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今の僕をつくったのは絶え間ない挑戦と出会い

水上を疾走しながら様々な技を決めるスポーツ、ウェイクボード。そのプロとして活動する田口勇樹さんは、映像クリエイターとしての顔も持つ。シーズン中はウェイクボード、オフは映像クリエイター。映像×アクション。プロスポーツ選手だからこその、臨場感あふれる映像を創りだす兼業クリエイターは、いかにして誕生したのか。(powered by THE LANCER編集部)

2つの仕事のバランスはシーズンによって切り分ける

-- ウェイクボードと映像制作の仕事をどのように両立しているのですか?
田口 ウェイクボードのシーズンは6〜9月ごろなので、基本的にシーズン中はウェイクボードを中心に行ないシーズンオフに映像制作の仕事をしています。ただ、今年は夏にも映像制作の仕事を詰めすぎちゃって。上手く配分を調整しないと、2つの仕事を両立することは難しいかもしれないですね。
でも、例え夏の時期でも練習や試合は1日中やるわけじゃない。練習や試合をして終わった後に映像の編集作業をして…という生活も可能なんですよ。ただ今までは「来た球は全部打ち返す」気持ちで仕事を請けてきた。適度に仕事を断ることの重要性を学ぶことができました。

偶然の出会いからウェイクボードの魅力にはまる

-- どんなきっかけでウェイクボードと出会ったのですか?
田口 ウェイクボードと初めて出会ったのは私が16歳の時。夏休みに家族と一緒に海辺のレジャーを楽しんでいた時のことです。たまたま、私が遊んでいた場所にプロウェイクボーダーの人たちがいて。「1度乗ってみる? 引っ張ってあげるよ!」と試し乗りに誘われました。
今までいくつか海のレジャーで遊んできましたが、ボートに引っ張られるという経験は初めて。「ボートってどんなんやろ? 楽しみやな」っていう気持ちで1回だけボードに乗ってみたんです。すると案外プロの方々に気に入ってもらって、「おまえ、もうちょっとやれや」と言われまして。それが、私とウェイクボードの最初の出会いでした。

初めての出会いで誘われたのは、きっとウェイクボードの世界に若いプレイヤーが少なかったことが理由だと思います。とにかく、ウェイクボーダーとの出会いから、一緒に練習するようになり、実力はメキメキと上がっていきました。その後、いくつかの大会に出場。成績が良かったこともあり、3年目の19歳で全日本選手権に出場することができました。そして翌年の20歳でJWBA(日本ウェイクボード協会)より認定され、正式にプロウェイクボーダーとして活動を開始したんです。

最初は遊び感覚で始めた動画撮影。その”遊び”が仕事に繋がっていきました

-- 映像制作とはいつ、どのようなかたちで出会ったのですか?
田口 プロとして活動を続けていくと、国内外問わず、様々な場所のツアーに参戦するんです。その時にみんなで旅の思い出というか、楽しかったことを映像に残そうと撮影を始めたのが映像との最初の出会い。ただ当時はこれが仕事になるなんて、全く思っていませんでした。
その後、私が24〜25歳の時にウェイクボードの本場・アメリカに留学をしました。実はあまり知られていないことですが、日本国内では本場アメリカのウェイクボード情報は非常に少ない。まして、当時は今のようにネットが普及していない頃だったので、アメリカの情報には限りがありました。そこで、現地アメリカでウェイクボードの技術や雰囲気を盗んでやろうと、映像を撮りだめしていたんです。


そんな矢先、留学中に大怪我をおってしまった。前十字靭帯を切ってしまって、割と長期間入院することになったんです。入院中ってやることが何もない。そこで今まで撮りためたウェイクボードの映像をまとめ、DVDとして販売してみようと思ったんです。で、実際に作って販売してみたら、意外と売れ行きがよかった。想像以上でした。思った以上の反響に「やるならとことん行ったろ」みたいな感じで売上を撮影機材に費やして購入。そこから仕事としての映像制作がスタートしました。

素人のままじゃ無理! 制作会社で働きながらスキルを上げる

--最初のDVDを発売後、どのようにして仕事を増やしていったのですか?
田口 初めは映像制作のスキルなんて、やってくうちについていくもんだろうと高を括っていたんです。ところがある日、高額の制作依頼が持ちかけられたんです。本当にヘマしたらまずいと思うほどの額。専門的に映像制作を学んだことのない自分では制作は難しいと素直に思いました。「一度、映像制作を学ばなあかん」と、どうやって制作スキルをあげていくか試行錯誤しました。
初めは専門学校へ通うことも考えました。でも、お金がかかるじゃないですか。「もったいないな〜」と思っていた時に閃いたのが制作会社への入社。制作会社での勤務ならお金を稼ぎながら映像制作の勉強ができる。そこで、いくつかの会社に履歴書を送り、就職活動を始めました。

制作会社への就職はしたかったですが、ウェイクボードも辞める気はない。夏場はウェイクボード活動を行なう気満々でした。でも、夏場は働くことが出来ない(勤務時間が短くなる)社員なんてどこの会社も雇いたくないもの。結構の数の会社に入社を断られました。
でも、そんななか1つの会社が採用してくれたんです。会社の社長さんが理解のある方で。諸々の事情を伝えると、「まあ、でもオマエおもろいやんけ! 」と言って入社が決定しました。こうしてプロウェイクボーダーを続けながら、制作会社で勤務する日々がスタートしたんです。
初めは自信満々でした。「ものを知らないほど自信がある」というか、上司にも色々と意見を言っていましたね。ただ、自分の力のなさに気づいてからは謙虚になって….。毎日、「なるほど! そんなのがあんねんな」という発見の日々で、徐々に映像制作の楽しさを知っていきました。技術を知るにつれて「これはちょっと面白いな」と。映像制作の世界にどっぷりはまってしまいました。

同じウェイクボーダーだからこそ撮れる鳥肌の立つ映像を作っていきたい

-- 今後、ウェイクボードと映像制作で取り組みたいこと。思い描いている将来像はありますか?
田口 プロウェイクボーダーの選手生命はだいたい30代前半。私も現役を退く時期が迫ってきています。実際に最近はプレイヤーとして試合に出場することよりも、大会運営の委員長もしていますし、運営サイドにまわることが多くなりました。
ただ、今後プレイヤーとしては活動しなくなっても、ウェイクボードの魅力を多くの人々に発信し、認知度向上に貢献したい。私の場合は映像で貢献できるのではないかと考えています。


ウェイクボードに関わらず、その競技のプレイヤーだからこそ分かるプレーの見所ってあると思うんです。私も自分自身がプロウェイクボーダーだからこそ、「こいつはここ見てほしいんや!」っていうポイントが分かる。そのプレイヤーが見せたいポイントを上手に引き出し、思わず鳥肌が立つような映像をこれからは作っていきたい。
もちろん、ウェイクボードではない映像制作のモチベーションも高いですよ。「何でも挑戦したい」と言ったら漠然としていますが、自分の映像の可能性を広げるため、今後も様々なことに取り組んでいきたいと思います。

▽フリーランスの情報発信メディア「THE LANCER」より転載

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