
漫画賞受賞→IT企業就職→フリーランスを歩むマンガ家はどこを目指すのか
8つの漫画賞を受賞した、フリーランス販促漫画家
あしたのジョーで有名な「ちばてつや賞」をはじめ、8つの漫画賞を獲得した民谷 剛 氏。連載漫画家を目指しながらも、選んだのはIT企業への就職。しかし現在は、漫画を生業とするフリーランスに転身。様々な思いとともにキャリアを歩んできた民谷氏の足跡と労働観に迫ります。(powered by THE LANCER編集部)
アシスタント時代に8つもの漫画賞を獲得。諦めかけた夢は、フリーランスで形を変えて
――漫画家を目指していたアシスタント時代に、8つもの賞を獲ったそうですね。
子供の頃に「絵が上手だ」と言われたのに気を良くして、漫画家を目指すようになりました。22歳ではじめて漫画賞に応募して、2回目の応募で『スピリッツ新人賞』の奨励賞をいただけたんです。
漫画の世界でプロになるのは、「賞」か「持ち込み」というふたつの方法があります。僕の場合、持ち込みはあんまり良い思い出がないのと、賞金が貰えることもあって狙っていました。
――受賞歴を並べてみると、スピリッツ新人賞、ヤングサンデー新人賞、ヤングマガジン新人賞、ヤングアニマル新人賞、小学館新人コミック大賞……ちばてつや賞も受賞なさってるんですね。『あしたのジョー』のちばてつやさんに選ばれたわけですか。
審査するのは、ちばてつや先生とヤングマガジン編集部ですね。有名な賞なので、狙っていた人は多かったと思います。熱いヒューマンドラマとかの壮大な力作ばかりだそうで。そこにちょっと変わった作品を出したことで、賞をいただけたのと本誌にも掲載されました。
――ヤングマガジンに掲載されたんですね。すごい。どんな漫画だったんですか?
裸でボウリングをするという、すごくふざけた漫画です。最初は普通のボウリング漫画だったんですよ。でも担当編集者に「そんなの誰も読まないから、脱ぐくらいしないと駄目。でも描けないでしょ」と言われました。
若かったのでカチンときちゃって。描けるし、描いてやるよ! という勢いでやっちゃいました。若気の至りで裸ボウリングを描いたら受賞。やってみるものですね(笑)。
――編集者の挑発が奏功したと。
編集者と打ち合わせをすると、当初の予定が180度変わるというのも珍しくありません。むしろ自分の思い通りに描ける人なんて、ほんの一握りだと思いますよ。特に自分は暗い話が好きなんですが、編集者からはハッキリと「読者が読みたくなるものを描いてよ」と何回も言われてました(笑)。
アシスタントで学んだのは、絵へのこだわり
――たくさん受賞していらっしゃるのに、やっぱりアシスタント経験は必要なんですか?
当時、自分は絵がうまいと思っていたんです。でもほかの漫画家と比べたら圧倒的に下手くそ。これは練習しなくちゃいけないと思って、担当の編集者さんにお願いしたんです。
そういうことならと、絵にこだわりがあって上手な先生を紹介してくださいました。武村勇治先生、『蟻地獄』や『トリガー』などを描いている先生のもとでアシスタントをやらせてもらうことになったんです。
――漫画家のアシスタントって忙しくて、とても自分の作品を描く時間がないというイメージがありますが。
一般的なイメージだと、週に5日くらい、つまりほぼ毎日徹夜している感じですよね。
実際には週に2~3日は先生がネームを描いているのでアシスタントは仕事がありません。残りの3〜4日間でアシスタントも加わり、基本的に12時間勤務です。
担当編集者さんが原稿を取りにくる24時間前は徹夜でそのままぶっ通しで描き続けます。
漫画界はしょうがないですよね、週刊連載なので。
販促漫画との出会いからフリーランスへ
――漫画家を目指し弟子入りしていたのに、一転してIT企業へ就職をしたそうですね。どんな心境の変化があったんですか?
実は……もう離婚しちゃいましたけど、長いこと付き合っていた女性と結婚することになったとき、結婚の条件が「漫画家は諦めて、就職すること。」だったんです。
それで漫画家になる夢を諦めて、IT企業へ就職することにしました。
――漫画家の夢を断ち切れないままITの仕事をしていたわけですね。しかし再び、漫画の世界に戻ってきたと。
きっかけは、ECサイトを運営する会社に転職をしたことでした。当時の上司が、ランディングページに漫画を載せたいと言って、漫画家を志した経験があったもので、自分が描くことになったんです。
「仕事に使えるならまた描けばいいんじゃないの」と気軽な気持ちで描いたんですが、とても反響が良くて。漫画だとわかりやすいみたいで、広告でもユーザーが離脱しないと言われました。
――再び漫画家魂に火がついて、販促漫画家として独立したわけですね。フリーの販促漫画家として、大切にしていることや強みはありますか?
スピードと品質のどちらも追求する、ということでしょうか。早い、安い、うまい……みたいなことは誰もが言うかもしれませんが、自分もそこは譲れない部分ですね。
寝ないで描きつづけることも苦じゃない。遅いとクライアントさんは不安になりますよね。だから早く描くというのはあるのですが、単純に楽しいからというのが大きいかもしれません。
自分自身が、「今回も良いものができたな」と感じられるところまでやってます。会社と違って個人なので、スピードもクオリティも追求することで信用されないといけないですからね。
▽フリーランスの情報発信メディア「THE LANCER」より転載