働き方

アンチ男が辿り着いた働き方改革の向こう側

投稿日:2019年3月27日 / by

時間にも場所に事業のカタチにこだわらない

佐谷恭

働き方改革という言葉が陳腐に聞こえる――。大企業勤務に短期で見切りをつけ、いくつかの事業サポートを経て独立。飲食事業やイベント事業等を独自の経営手法で成功させるも、あっさり閉幕。現在は店舗を構えないスタイルで気ままに全国を行脚しながら収入を得る。それはまさに、時間にも場所にも事業のカタチにもこだわらない究極の無束縛経営といえる。常識という物差しでは到底理解できないスタンスで社会に居場所を確保する「旅と平和」の佐谷恭氏。はたから見れば不安定極まりない日々を、むしろいきいきと闊歩する同氏にはみじんの惑いもない。なぜそんな境地でいられるのか。そのナゾに迫った。

パクチーハウスを盛況のまま畳んだ理由

パクチーハウスで飲食店の新しいカタチとパクチーの可能性を切り拓いた佐谷氏。常に逆張りといえる、ブルーオーシャンをかぎつける嗅覚は天性のものといえるが、同時に成功体験に固執しない超ドライ体質でもある。それにしてもなぜ、繁盛店をあっさりと閉店してしまったのか。

「一言でいえば、儲けるためにやっているわけではなかったからです。儲けが目的ならパクチーハウスは成功だし、閉店はしてないでしょうね。それに『パウチ―ハウス東京』は物理的には閉店となりますが、これからは無店舗展開で全世界でやっていきますから」と佐谷氏。常にアンチ志向の佐谷氏らしいといえばそれまでだが、閉店というのは常識に捉われた見方でしかなく、むしろパワーアップし、進化系として継続していくというのが真実のようだ。

佐谷恭そもそも、パクチーハウス東京の創業にさかのぼれば、パクチーという食材の特殊性から飲食店としての成功は難しいと考えられ、ほとんどの人が「狂ってる」と指摘した。そして、連日満席での閉店も「狂っている」というのが、多数意見だった。確かに経営の常識で考えればそうなのかもしれない。だが、常に常識を疑う佐谷氏にとっては、むしろ当然の判断だったといえる。

「店では独自ルールでコミュニケーションが活発になる工夫を随所に盛り込みました。食べることはまさに旅をすることと同じで、非日常体験。飲食店という枠を超え、それを実践できたことはパクチーハウス東京をやった大きな価値。そして次第に店を構えなくてもできるという考えが生まれてきたんです」と佐谷氏。今後は店舗運営から解放され、たっぷりとできる時間を使い、気ままに全国を行脚しながら、その場その場で「パクチーハウス」を“開店”し、別の形でパクチーの普及活動を継続していく。

とはいえ、常識の物差しにかけるとどうしても疑問が湧き起こる。なによりもまず、極めて不安定だ。店舗を構えていれば、常連客が来るし、話題性から一元客も来ることもある。一定の認知度が確保できれば、収入の見込みも立てられる。現にパクチーハウス東京は、安定軌道に乗っていた。ところが無店舗となれば、なんの保証もない。そもそも集客はどうするのか…。

「確かに店舗を構えていた時よりは不安定です。今日も朝、何をするか決めないで読書をしていましたからね。でも、なんの制約もなく日々を暮らせるという今の状況が手に入ったことに比べたら不安なんてちっぽけなことです。集客についてはこれまでに蓄積したノウハウもあるし、つながりもある。なんとかなるでしょう」と佐谷氏は不安のふの字も感じさせず、さらりと言い放つ。

不安定なのに不安が皆無でいられる理由とは

もっとも、20代で独身のフリーランスならまだしも、佐谷氏には家庭がある。家族の理解があるにしてもこれだけどっしりしているのにはナゾは深まるばかりだ。「結局、お金ってキャッシュフローが全てなんです。1000万円貯蓄があっても、980万円になったら不安になるんだとしたら、貯蓄がゼロの状態と変わらない。いま無収入でも仕事をしたら入ってくる。それが重要なんです。不安定と不安は全く別ものなんです」と佐谷氏は、もはや達観したかのような口ぶりだ。

もちろん、無店舗でのパクチーハウス運営のノウハウが確立されていることが自若の理由だろう。だがなによりも、いまを充実して生きられている。やりたいことがたくさんあり、それを自分のペースで着実に実行していける。まさに心身のバランスが最適化された状態を確保できている。それが佐谷氏が不安定にあっても不惑でいられる最大のポイントのようだ。

北極マラソンを走る佐谷氏

北極マラソンにでるなんて普通の働きかき方ではまず無理だ

「いまは毎日本当に自由気まま。やりたいことが最優先の生活です。がむしゃらに働くことを否定はしませんが、それでやりたいことをやろうという時に体が言うことを聞かなければ何のための人生なんでしょうか。そういう常識が日本を衰退させていると僕は思っています。まだ残業削減なんていっている働き方改革って、誰のためのものなんですかね」。

店舗を構えないパクチーハウスを全国で展開しながらつながりを広げ、深め、旅とそこから生まれるコミュニケーションのだいご味を伝導し続ける佐谷氏。働き方改革の文脈には、「働くとは何か」の要素はないが、その対極といえる動きで真の働き方改革を成し遂げた同氏の行動のほんの一ミリでも参考にすれば、常識に捉われることの虚しさを実感し、人生を充実させる新しい扉に手をかける意欲が少しは湧いてくるかもしれない。

アンチ思考人間は本当に社会の異端児なのか


佐谷恭(さたにきょう)
1975年神奈川県秦野市生まれ。両親の影響でホームスティ受け入れなど幼い頃から積極的に国際交流をし、19歳から旅を始める。現在までの訪問国数約50カ国。98年京都大学総合人間学部卒業、2004年英国ブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)修了。富士通で海外関連人事や新卒採用の責任者(西日本)として働き、退職後、友人設立の会社で営業部門の立ち上げを経験。その後、英国留学を経て、ライブドア・ニュースの立ち上げに参画するなどし、2007年8月9日、それまでの旅の経験を日本社会に還元するため「旅人が平和を創る」という信念のもと株式会社旅と平和を立ち上げる。最初の事業として”交流する飲食店”パクチーハウス東京を開き、2010年7月にPAX Coworkingを立ち上げた。著書は『ぱくぱく!パクチー』(2008年9月27日、情報センター出版局)、『つながりの仕事術 「コワーキング」を始めよう』(共著、2012年5月11日、洋泉社)など。最新刊は、「ありえない」をブームにするつながりの仕事術: 世界初パクチー料理専門店を連日満員にできた理由 (絶版新書)。

読み物コンテンツ

働き方白書について
仕事相談室について
極楽仕事術について
三者三様について
戦略的転職について
用語集について