インタビュー

まだ使えるものを壊したくない 『Re1920記憶』にこめられた想い

投稿日:2014年6月13日 / by

ishimaru“建てたがらない建築士”として活動している人がいる。古い建物を壊して新しい建物を建てることを嫌うという建築士としては一風変わった感性の持ち主だが、彼女には建築に対しての強い想いがある。それは古き良き建築物を後世に残し、受け継いでいくようになってほしいという事である。そんな、いしまる氏が本当に伝えたいこと、“譲れない信念”は彼女が主宰するイベント『Re1920記憶』の中に込められている。

昔、同潤会アパートメントというものがあった

今から十数年ほど前、現在の表参道ヒルズに位置する場所に存在していた「同潤会青山アパートメント」という建物をご存知だろうか?
1926年から2003年までそこに存在していた同潤会青山アパートメントは、当時の最先端技術を駆使して建設され、耐震・耐火に優れた建物であった。東京大空襲の戦火を逃れ、建ち続けた鉄筋コンクリート造の集合住宅は、その後ファッションの中心地として原宿・表参道近辺の象徴として親しまれ、ブティックやギャラリーにも使用されていた。しかし、建物の老朽化が進み2003年に同潤会青山アパートメントは惜しまれつつも解体されることとなった。現在、跡地に建設された表参道ヒルズの東端には、同潤会青山アパートメントの外観を模した「同潤館」が建設されている。
いしまる氏は2002年の大学院生の頃から、『同潤会記憶アパートメント』という展示イベントを主宰し、同潤会アパートの記憶を表現している。そして、東京と横浜にあった16箇所の同潤会アパートメントは、時代の流れと共に取り壊しが進み、2013年には全てなくなってしまった。
一度でも同潤会アパートメントを訪れたことがある人に対しては、写真や映像の展示などによってその時の記憶を呼び戻すことはできる。しかし、同潤会アパートメントを訪れたことがない人に対し、その建物を伝えるということはとても難しいことである。
それならば、すでになくなってしまった建物のことだけではなく、まだ残っている古い建物の活用方法や、リノベーションの事例などについて展示し、同潤会アパートメントのことも伝えていこうといしまる氏は考えた。
それは、いしまる氏が『同潤会記憶アパートメント』を始めてから10年目のことであった。

いろいろな人に知って欲しい『Re1920記憶』

『同潤会記憶アパートメント』は2012年に『Re1920記憶』(あーるいー・いちきゅーにーまる・きおく)という名前でリ・スタートをきった。このイベントは同潤会アパートが生まれた1920年代のことや、リノベーションのこと、そして同潤会アパートのことをテーマとして扱っている。
『Re1920記憶』は建築の“旅”という名目で2012年5月に北九州と福岡で、2012年10月に東京、2013年10月に大阪で開催されており、2014年7月には石巻で開催される予定である。
これはいしまる氏にとっての重要な活動のひとつだ。「大切な建物が、未来にもココにあってほしいから」という強い想いが込められている。しかし、建物を残したいという気持ちがあったとしても、何の権利を持つわけでもなく、ただ古い建物が好きだから残したい、古い建物の取り壊しに対して反対運動をするというのも無責任な話である。それならば、残しておきたい建物をその場所に残していくために、自分に何ができるのかいしまる氏は考えたという。まず、展示を通じてその建物を体感してもらい、様々な建物活用の良い例を人々に知ってもらい、みなで考えてもらう場を設けた。それが『同潤会記憶アパートメント』であり『Re1920記憶』である。
『Re1920記憶』は古い建物が失われていく中で、まだ使えるものや残せるもの、そしてその場所に残る記憶について考えるイベントとして、これからも続いていくことだろう。

女子ひとりでもできるセルフリノベーションを広めたい『リノベ女子』

いしまる氏の活動の中には『リノベ女子』というプロジェクトが存在している。
『リノベ女子』は、まさしく自らリノベーションを行っている女性を中心に展開されているプロジェクトである。「女子ひとりでもできるセルフリノベーションということは、興味とやる気がある人なら誰でもできる」をコンセプトに活動している。全国にはいしまる氏と同様にセルフリノベーションを行っている女性たちがいるという。
いしまる氏自身も、自らの家を仕事をしながらこつこつと2年もの月日をかけてセルフリノベーションした。
(その様子は『つくるーむ』としてYoutubeでご覧になれます)
http://ishimaruakiko.com/archives/works/tsukuroom
『つくるーむ』に取り掛かったきっかけを尋ねたところ「女性一人でもどこまでできるか、身をもって知りたかったし、どこまでできるかを表現してみたかった。また、以前、築120年の古民家リノベーションの設計・監理をして、廃材が多く出ることに疑問を覚えました。今回は、極力、物を壊さず既存を活かすリノベーションをしてみたかったのです。」とこたえてくれた。
話を聞いてわかったのだが、実際にリノベーションを行うにあたって、材料を切ったり運んだりする作業は女性にとって容易ではなかったという。しかし、時間は掛かったが女性一人でセルフリノベーションすることは可能だということを、いろいろな人に知ってもらえるようになった。
『リノベ女子』はこれからも、女性によるセルフリノベーションの取り組み方について発信していくであろう。

「まだ使えるものを壊したくない」建築士としての想い

いしまる氏には建築に対してどうしても譲れないことがある。
それは古い建物を壊してまで新しいものを建てないということだ。空き地や駐車場だったところに建てる設計をするならまだしも、まだ使える建物や古き良きものを壊さなければいけない仕事は行ってきていない。
一般的な建築士というのは基本的には設計をし、それを監理(=設計した図面通りに施工されているかをみること)することで収入を得るが、いしまる氏は「まだ使えるものは使う。壊したくない」という信念があるため、「建てたがらない」という建築士の仕事としては相反することが起こっている。

建築をもっと一般の人に知ってもらいたいという想い

中銀カプセルタワービル

いしまる氏とのインタビューは中銀カプセルタワービルの中の一室で行った。
1972年に建てられたこちらも古い建物である。

いしまる氏の建築士としての仕事はとてもおもしろい。普通の建築士であればあまり引き受けないような小さい規模の設計・改修を進んで引き受け、自分の手でそしてオーナーさんと一緒にやることを望んでいるという。オーナーさん自身が建築に携わることで、その設計や様相に思い入れができたり、自分の手を動かして作ることで新たな発見を得ることができるからだそうだ。
実際に手を動かし作ってみることで、作ることの難しさや大変さ、建築士や大工などの職人がいかにプロの仕事をしているかを知ってもらうきっかけにもなる。そして、建築に対しての考え方も変わってくるのではないかと期待もしている。
いしまる氏は建築を知るはじめの一歩として、セルフリノベーションのワークショップなども開いている。実際に建築にかかわる経験ができる環境を提供するといった、教育的側面を持った活動にも力を入れている。
本来、だれもが住み・使う建築が、とても遠い存在となっていることに疑問を感じ、建築をもっと世の中の人の身近な存在にしたい、知ってもらいたいと活動しているのだ。

いしまる氏の全ての活動の根底には「古い建物を残していく為に、多くの人に建築を知ってもらい、理解してほしい」という想いがある。だから、建築を広める為に動くことについては、労力を惜しむことはない。必要と思うことがあれば、人任せにせず自分で行い、あの手この手を使って建築に興味を持ってもらおうと思っていることがよく分かる。
「ご自身の住まいを良くするというのは、皆さん興味があることなので、まず、セルフリノベーション等を建築への興味を持ってもらうきっかけになればと思っています。次に自分の手を動かしてもらえれば、何か色々興味を持つだろうし、やってみると難しさもよく分かると思います。その苦労をわかってもらえれば、専門家に対する尊敬の念を抱いてもらえたり、専門家の必要性を感じてもらえたら、嬉しいなと思ってやっています」

使い捨てが蔓延する世の中では、大事なものが気付かないうちに失われていってしまう。古き良き時代が誰も知らないうちに風化して、まるでなかったことのように消えていくのは、寂しく悲しいことのように感じる。少しでも古いものを残しておきたいからこそ「建てたがらない建築士」として活動するいしまる氏のような人が必要だ。そして、まだ使える建物や長年にわたって命を吹き込まれた建築を、これからも守っていって欲しい。
いしまる氏が行っている「働き方」。それは、いしまる氏自身が自分の想いを世の中につたえるために、実践している手段の一つとなっている。

前回の記事:「建てたがらない建築士 いしまるあきこ氏


ishimaruakiko-logoいしまるあきこ
きっかけ屋・一級建築士
福祉環境コーディネーター2級
「いしまるあきこ一級建築士事務所」主宰
Re1920記憶」主宰
リノベ女子」代表

いしまるあきこWebサイト http://ishimaruakiko.com

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