働き方

働きたくない人が毎日働く理由とは

一日の始まりほど働きたくないという感情が芽生えやすい

kikansha朝目が覚めると同時に一日が始まり、仕事に向かう準備をする。朝食を摂り、着替えをし、バスや電車に揺られながら職場に向かう。気づかぬうちにそんな生活を送ってはいないだろうか。

仕事に向かう途中で「今日は働きたくないな」と思う人と「よし、今日もバリバリと働くぞ」と考える人とではどちらの方が多いだろうか。おそらく前者の方が多いことだろう。それでも、皆その場からドロップアウトせずに、いつも通り会社に向かい、会社で仕事を行う。

労働については日本国憲法第27条にて勤労の権利とともに義務付けられており、それを無視にするわけにもいかないから働いているか?と言われると実際はそうではない。今実際に働いている人は自ら労働することを選び仕事をしている。それが生きる道として当然のことと考え仕事をしているのだ。

そもそも、働くことは苦痛なことなのであろうか、働くことが苦痛ならやめればいいじゃないか。と簡単に考えられればよいが、そういうわけにいかないのが実情である。なぜなら生活にはお金が必要になるからで、お金が必要になるということは、お金を稼がなければいけなくなるということである。

働くことには幾つか理由がある

働くことについて、ポジティブに考える人間と、ネガティブに考える人間の二つのパターンが存在する。ポジティブに考えることができる人は、自分の働きについて働き方そのものについて意義や意味を見出している人である。自分が働くことに対する社会的意義や得られる価値を自分の中で見つけることができている。この場合は働きたくないという邪念は生まれずに、早く自分の仕事がしたいといった前向きな気持ちも生まれるであろうし、仕事を自分のものにできているのだと推察される。

逆にネガティブに考える人は、働くことについて自ら何かを生み出しているという気持ちはなく、与えられたものをこなしているだけなのではなかろうか。基本的にやりたいかやりたくないかと言われれば、やりたくないことをしている感覚を持ちながら仕事に望んでいるため、働きたくないという感情が芽生えているのである。

しかし、こういったネガティブな感情を持っている人でも、しっかりと出社し働いている。働きたくないのに働いているのだ。その気持ちの奥底にあるものは一体何なのだろうか。その理由は一体何であろうか。ここにいくつか挙げてみよう。

1. 働いていないと社会的に死ぬから

これは周りの目を気にした人が考える働く理由である。世間一般では仕事をしていない人間は、特殊な事情でもない限りおかしな目で見られるといった傾向がある。勤勉な日本という国ではその傾向は際立っている。とはいえ、様々な理由で働くことができない人も存在するので一概に社会的抹殺とまでは言い切れない。
世の中では働く能力がありながら働いていないだけで、ろくでなしや穀潰しという呼ばれ方をすることもあるし、周りの人から好奇の目で見られることもあるだろう。だからこそ、親は子に対して働けというし、妻も夫に対して働けという。ましては、子供からもお父さん働きなよ。と言われる始末である。社会的な常識人として生きていくために、働くというのがどれほど大切なものかがわかる。

2. 勝手に職場に足が向くから

これも立派な理由であろう。泣こうが喚こうが朝はやってきて、仕事を持っている人間であれば、その足は自然と職場に向かう。強迫観念化といればそうではなく、自らの慣習として職場に向かうことが体に染みついているのだ。職場に向かってデスクに座ってしまえば、そこからは否応なしに労働が始まる。途中で手を抜くこともあるだろうが、きちんと定時までその場所に居続け、時に残業もしつつその日の仕事が終わるまで頑張ってしまうタイプがこれにあたる。家に帰る足取りは軽く、次の朝になればまた重い足取りで職場に向かうのが目に見えている。

3. やらなきゃいけないことがあるから

この理由はまだ救いようがある。自分がやるべきことをわかっているからである。自分に与えられた労働を、きちんと自分のものだとわかっているから、幾ら働きたくないと嘆こうが労働に勤しむのである。実際はこの手の理由で働く人は多いことだろう。仕事とは楽しいことばかりではない。やりたいことばかりができるわけでもない。やりたくないことをやらなきゃいけないことと感じ、それをこなしていく必要があるのだ。

4. 働いた後の予定があるから

これは特殊な例で、毎日予定がある人は何か働く以上に楽しい習い事などを行っている場合が考えられる。これは働く理由かと問われると実際のところ微妙であるが、仕事をする理由としては十分なのではないだろうか。おそらく、そつなく業務をこなし、自分がやりたいことに全力投球したいという人は、たとえ仕事がつまらなく働きたくないと思っても、ついでの時間と割り切って働いてしまうのだろう。このような人は、できることなら趣味の分野で花を咲かせていただきたいものだ。

働きたくない理由を知ることこそが大事

結局のところ、働きたくなくても働いている人は多い。それでは、働きたくない理由は一体何なのか、そこをもう一度考えてみてほしい。仕事がいやなのか、人間関係がいやなのか、通勤がいやなのか、労働時間がいやなのか、給料がいやなのか、突き詰めれば突き詰めるほど、くだらない理由であることが多い。しかし、その理由を明確に表現できない人も世の中には存在する。まずは自分が働きたくない理由をしっかりと把握するところから考えることが大事である。最初の疑問点、問題点が見えれば、それに対してどういった動きをするかは自ずと見えてくる。そして、明日にまた「働きたくない」と思った時に、「ああ、そうかこういう理由で働きたくないんだった」と反芻できれば、次の一歩が見えてくるのではないだろうか。

以下記事では、何のために働くのか、の問いに答える本を出版した奥村氏へのインタビューを掲載している。社会の中で働く理由を見つけられない方はぜひ参考にしてほしい。

人は何のために働くのか

「働きたくない」のではなく今の仕事が嫌だというなら

働きたくない、働きたくない、とはいっても皆仕事をしている。権利として職業選択の自由も認められている中で、今あなたが働きたくない理由には、仕事に対しての不満があるのではないだろうか。もしそれが明るみになった時に、あなたはどんな行動を取るべきか考えてみるとよい。今の環境をよくするために動くのか、ただじっと我慢するのか、新しい仕事を探すのか、どれを選ぶかもあなた次第である。
その気持ちの中に、もう仕事を辞めるという選択肢が出てきたのであれば、こちらの記事を確認してほしい。
仕事を辞めたい人は知っておいて欲しい4つの理由と改善策

働くことは「出世する」ことなのか?

組織という枠の中で働いていると必ず「出世」という言葉が顔を覗かせる時がある。働くことが出世することに必ずしもつながっていくわけではないのだが、ある程度の経験や年齢を重ねることで、仕事や人を管理する必要が出てくる。中にはこれを嫌がる人もいるのだ。仕事や人を管理する役職が必要なのには理由がある。組織としての樹形図を思い浮かべてみてもらいたい。一つの点から幾つかの点が伸び、さらにその点から別の点が伸びていく様。これが組織の成り立ち型である。一人の人が何人かの人を管理し、その人がまたその下にいる人を管理する。会社には部署があり、課があり、そこに所属する人々がいる。組織が成長していく上では、この下に伸びて行っている人を増やさなければいけないのだが、そのためにはその上にいる人々が、新しく入ってきた人を管理しなければいけない構図ができあがる。

しかし、働くこと=出世することではない。その道をそれて自分だけで仕事をしたいと、フリーになる人もいるだろうし、人から指示を受けていた方が気楽だと考える人もいるだろう。自分の能力に限界を感じ、楽な道を選ぶというのも人それぞれである。

一つの事例を紹介しよう。
ほどほどの給与でマイペースで働きたい

このように、自分から仕事の道を考える人もいるが、まだまだ社会はそこまで寛大に整ってはいない。そんな時は自ら環境を切り開くしかないのだ。

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