働き方

「自由はツラいよ」を全身で教えてくれるフーテン野郎の生き様

『男はつらいよ』 車寅次郎

いつの時代も「昔はよかった」職場の皮肉

futenテキヤ稼業のフーテン野郎、車寅次郎。まさに自由人で奔放なキャラクターは、オフィスでストレスを抱えながらも黙々と働くサラリーマンへのアンチテーゼのようでもある。実際、隣人の印刷所のタコ社長やその従業員に向かい、薄給、長時間労働をバカにする発言を平然と言い放つことも頻繁だった。どの口が言えるのか聞いてみたいが、寅さんが言うとなぜか痛快だから許せてしまう…。

映画版寅さんは、第一回が1969年。以来毎年上映(~1995年)され、その時々の時流に合わせた話題も盛り込まれているが、それにしても随分と初期の段階で、会社にこき使われる中小企業の社員の実態が描かれている。「昔はよかった」、というものの、その当時も「昔はよかった」、と言っていたのだから、実は、いつの時代も職場には不満やストレスは存在していた、ということかもしれない。

だからこそなおさら、どの回でも変わらぬ寅さんの奔放ぶりは際立ち、見るものを痛快な気分にさせる。誰にも、何にも頼らず、自分の身一つで、稼ぎ、生計を立てる。明日のことは明日にならねば分からない。だから、ルーティンワークに追われるまじな「労働者」に向かい、自分の状況などどこ吹く風で、好き勝手に毒舌も吐き出せる。

といっても、稼ぎは不安定かつ十分でなく、出も激しい。たまに帰る「とらや」では、身内とはいえ図々しく世話になり、妹・さくらを心配させ、さりげなく金銭のサポートまでしてもらうのだから、“親不孝”な男だ。とらやでは、自分が大将とでも思っているのか、威張り散らすことも少なくないが、威勢の良さは空威張りにしかみえない。もっとも、それが無様なことは寅自身が一番よく分かっている。

何かを犠牲にして成り立つ「自由」に生きるという幻想

好きな仕事で食っていきたい、自由に生きていきたいーー特に男なら、誰もが憧れる生き方ともいえるが、当の寅さんは実はそれがつらいことを身に染みて分かっている。そんな生活では、オンナ・子供を養えるわけもなく、周りを不幸にしてしまう…。本気で好きになっても振られたり、言い寄れれても最後は拒絶したりするのは、フーテンにはそんな資格はない、と自覚しているが故だ。自由な“男”は、本当はつらいのだ。

1981年の「寅次郎紙風船」では、象徴的なシーンがある。テキ屋仲間の遺言で、未亡人の面倒見てくれと頼まれた寅は、それを実現するために堅気に戻る決意をする。草履にネクタイという服装で採用試験を受ける寅。面接は、得意の話術が冴えわたり、その場に爆笑の渦を巻き起こす。手ごたえも十分だったが、結果は不採用。「とんだ三枚目だな」とニヒルに笑った寅だが、ドップりとフーテンに浸かる寅さんに堅気の世界には居場所がないことを示すじんわりと心に染みるシーンだった。

寅が本気になれば、堅気に戻るどころか、そこで活躍することは可能なはずだ。それだけの才覚が寅にはある。だが、それが実現することは確実にないと断言できる。フーテンだから寅であり、好きなように生きるから寅だからだ。寅が、堅気でバリバリのビジネスマンになったとしよう。変わらないのはアノ四角い顔だけだ。自由奔放でやんちゃなアノ寅の魂は、もはやどこにもないだろう。

何かを得たければ何かを犠牲にするしかない--。寅次郎の生き様にあこがれる男は多いかもしれないが、それは極めて非現実的だ。誰もが、特に上司や家族のために身を粉にするサラリーマンは、それを心の中では認めている。だからこそ、せめて映画の中だけでも、寅さんの生き様が映し出されるスクリーンを食い入るように見続けるのだ。一時ならフーテンでいることもできるかもしれない。しかし、天涯をフーテンでいることは幻想に過ぎない。それが現実だ。

以下記事では、日本ではマイナーな「プロゲーマー」という職業を紹介している。1日中ゲームばかりしているというのは自由で楽そうな印象を受けるが、その実態は世界の舞台を目指すストイックな職業だった。ぜひご覧いただきたい。

世界では“メジャー”な「プロゲーマー」という職業の無限の可能性

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