
使えない新卒を採った採用担当者を減給処罰できるか
あまりに能力が低い新人を採用した人事担当者の責任を問いたい!
企業にとって新入社員は将来を担う大切な存在。4月の入社からしばらくは、「社会のイロハ」から教え込み、育成していきます。
その過程で新入社員の能力が著しく低いと判明した場合、就業規則や法律に則って本人に退職してもらうこともあります。会社側としては採用にあたり一定のコストをかけているわけですから、あまりにも能力の低い人間を採用した場合は、採用担当者にも処分を検討したいところ。
仮に「新入社員の能力が低く、クビにした」という理由で減給などの処分にした場合、違法性を問われるのでしょうか? パロス法律事務所の櫻町直樹弁護士に見解をお伺いしました。(powered by シェアしたくなる法律相談所)
採用担当者への処分は違法?
「従業員の採用について、採用するかどうかの決定権限を有するのは代表者や取締役会などの「経営陣」でしょうから、そうした権限を持たない担当者に責任を負わせること自体がそもそもあまり筋の通った話とはいえないように思います。
その点はさておき、賃金は労働契約の重要な条件(要素)であり、労働者と使用者が合意すれば変更することができます(労働契約法8条)が、使用者が一方的に引き下げることは原則としてできません(同法9条)。
例外的に減給が許される場合としては、懲戒処分としての減給、降格に伴う減給、人事考課(査定)に伴う減給などが挙げられます(なお、これらが就業規則等できちんと定められていることが前提となります)。
今回の「減給」が、採用担当者に対する「人事考課」の結果としてなされたとして考えてみましょう。人事考課、すなわち従業員の勤務成績や態度等に基づき当該従業員を評価するにあたっては、会社の裁量が広く認められるとされていますが、その裁量も無制限なものではありません。
例えば大阪高裁平成9年11月25日判決(労判 729号39頁)は
として、一定の場合には人事考課が裁量権の逸脱として違法になると判示しています。
これに照らして本件を考えてみると、「新卒採用した新人の出来が悪い」という状況が事実であったとしても、最終的に採用を決定したのは経営陣ということであれば、採用担当者の人事考課にあたって「採用した新人の出来が悪かったこと」を考慮要素とするのは、「評価が合理性を欠き、社会通念上著しく妥当を欠く」ということになるのではないかと思います。
したがって、人事考課は裁量権の逸脱により違法無効となり、当該人事考課に基づく減給も違法無効、ということになるでしょう。」(櫻町弁護士)
では、従業員に損害賠償を請求することは可能?
「なお、『従業員が会社に対して負う責任』としては、民事上の損害賠償責任がありますが、従業員が会社に実際に損害を与えた場合であっても、会社は『損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度』においてのみ、従業員に損害賠償を求めることができるとされています。
例えば,最高裁昭和51年7月8日判決(民集30巻7号689頁)は、
従業員が「重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞しはじめた国道上を進行中、車間距離不保持及び前方注視不十分等の過失により、急停車した先行車に追突したという事故」を起こし、会社が事故被害者に対して賠償金を支払ったという場合に、
としています。
また、名古屋地裁昭和62年7月27日判決(判タ655号126頁)は、従業員が深夜労働中に居眠りをしてしまい、「プレーナー」と呼ばれる工作機械に損傷を与えたため、会社が当該従業員に対して損害賠償を求めたという事案において、
と判示しています(ただし、本件においては従業員に「重大な過失」があったとして、損害賠償が認められています)。
以上のとおり、「会社に実際に損害が生じた場合」であっても、損害の発生について故意または重大な過失がなければ、従業員が会社に対して損害賠償責任を負うことはないことからすれば、「新卒採用した新人の出来が悪い」という、会社に具体的な損害が生じたとはいえないケースにおいて、採用担当者に法的責任(損害賠償責任)を問うことはできないというべきでしょう」(櫻町弁護士)
採用した人間の能力が著しく低い場合、採用担当者が注意などを受けることは仕方がないところですが、減給などの処分は裁量権の逸脱により違法です。
新入社員が「能力が低い」と判断されないよう教育していくのが先輩社員の仕事。できることなら、粘り強く仕事や常識を教え、一人前に育て上げたいものです。
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*取材協力弁護士:櫻町直樹(パロス法律事務所。弁護士として仕事をしていく上でのモットーとしているのは、英国の経済学者アルフレッド・マーシャルが語った、「冷静な思考力(頭脳)を持ち、しかし温かい心を兼ね備えて(cool heads but warm hearts)」です。)
*取材・文:櫻井哲夫(本サイトでは弁護士様の回答をわかりやすく伝えるために日々奮闘し、丁寧な記事執筆を心がけております。仕事依頼も随時受け付けています)